水本爽涼 歳時記

日本の四季をベースにした小説、脚本、エッセイetc.の小部屋です 

幽霊パッション 第三章 第五十回

                

『ああ、そうでしたね。僕も、そのことをお聞きしなきゃなりません』
 双方とも、情報は持っていた。
「君の方は?」
『はい。僕が朝早くから伝えておこうと現れたのは、そのことなんですが…』
「ほう、どんなこと?」
『僕と課長の今後の活動へのアドバイスを霊界番人様、いや、厳密には霊界トップの霊界司様のお言葉なんですがね。して下すったんですよ。で、そのことをお伝えしようと…』
 幽霊平林は早朝から自ら現れた訳を話した。
「霊界番人さんは、どう云ってらしたの?」
『この調子で、あと幾つかを順調に熟(こな)せば、僕は御霊(みたま)に昇華し、課長は元の状態へ戻れる、とのことでした』
「あと幾つか、か…。先が遠いなあ…」
 少し溜息混じりで上山が吐いた。
『いえ、僕達の行いによっては、すぐにでも、という話でした。それに僕は、場合によっちゃ、すぐにでも生まれ変われる、とか云っておられました』
「そうか…。場合によっては、すぐにってこともあるんだな。こりゃ、アグレッシブに、いかにゃならんな」
『はい。そのとおりです』
「私も、君と別れるのは辛(つら)いが、まあ仕方がなかろうな…」
『はあ、僕も課長と別れるのは悲しいですが、いつまでも、この状態は続きませんしね』
「なんか湿っぽくなってきたな。まるで男女の別れ話だ」
 上山が冗談めいて、陽気に笑いながら明るく云った。幽霊平林も返さずに無言で陰気に笑った。二人(一人と一霊)の間に一瞬だが和(なご)みの空間が溢(あふ)れていた。
『新言語で世界が語り始める、というのは、どうでしょう?』
 唐突に幽霊平林が口を開いたのは、それから数分後のことである。

幽霊パッション 第三章 第四十九回

                

 幽霊の身には、待つことも決して苦ではない。そこが人間界と霊界の違うところである。霊界には時の経過という概念がないからだ。幽霊平林が、かれこれ小一時間もプカリプカリと漂っていると、辺りは白々と明け、東の山際の一角に朝陽が射した。実は、この時、寝室の上山は、もう起きていた。どういう訳か早く目覚めてしまったからだが、ベッドの置時計の針は五時半を指していて、いつもよりか一時間ばかり早かった。また眠るには短い一時間である。上山は、眠くはないものの、そのままベッドに瞼(まぶた)を閉じた状態で横たわっていた。窓から朝陽が射し込み、部屋中を次第に暗闇から解き放っていく。僅(わず)かながらも瞼の暗さが薄らいで、それが感じ取れた。幽霊平林は、その中へ透過しようとしていた。上山はそのことを当然、知らない。時間的なことだけでなく、こちらから呼び出してはいないのだから、幽霊平林から一方的に現れている、とは思っていないからだ。
『課長!!』
「な、なんだ! 君か…」
 スゥ~っと幽霊平林が寝室へ透過したとき、上山は瞼を閉じていたが、もうベッドを出ようとはしていた。だから、急な声には驚かされた格好だ。過去に一、二度は、ある。
「すみません、驚かしてしまいました…」
『だよな…。君の方から現れるとは…』
『思っておられなかった、ですよね?』
「ああ…」
 上山は単に、そう答える以外になかった。それは仕方がない。もちろん、怒ってなどはいない上山だった。
『もう少し遅くても、よかったんですが…』
「だな。こんな早いのには、何かいい候補でも考えついたのかな? こちらは一応、佃(つくだ)教授にお会いしておいたが…」

幽霊パッション 第三章 第四十八回

                

『記憶が残っておれば厄介なことになるのでは…』
『ははは…、そのようなことを心配せずともよいわ。ただちに、とは申さぬが、首が座り、一、二年も歳月を重ねれば、自然と忘れさろうよ』
 幽霊平林は厳かな霊界番人の声を、ひれ伏した平伏姿勢のまま聞き入っていた。
『あの…、ひとつだけ、お教え下さい。課長と僕、いえ私は、今の程度のことを目指せばいいのでしょうか?』
『ああ、そうだ。余り深く考えない方がいいであろうよ。などと云ってはいるが、結論をお出しになるのは霊界司様だから、そうだとは断言しかねるがのう。まあ、儂(わし)の勘じゃて、はっはっはっ…』
 光輪が霊界番人の笑いとともに、幾らか微動したように幽霊平林には思えた。それは、平伏姿勢のまま上目遣(づか)いにチラッ! と見上げた瞬間だった。
『分かりました。課長と、いろいろ考えて、やってみます』
『ああ、それがよかろう。ではのう…。そうそう、これは儂のみの言葉だが、奮闘を祈っておる。わはははは…、どうも情が移っていかん、いかん』
 霊界番人の声は、光輪の眩(まばゆ)さが薄れて上方へ消えていくにつれ、小さくなっていった。
 次の朝、幽霊平林は霊界番人の言葉を伝えようと、上山の家へ現れた。まだ早暁で、辺りは未だ薄暗かった。当然、上山はベッドで寝息をたてていた。幽霊平林に刹那(せつな)、思えたのは、無理に起こすほどのことではない、ということである。過去に、こういうことが何度かあったから、要領みたいなものが備わっている。で、幽霊平林は、しばらく辺りを漂うことにした。時が巡れば、上山も目覚める。態々(わざわざ)、起こして疎(うと)まれる心配もなくなるのだ。スゥ~っと壁を透過して家の外庭へ出ると、やがて明けようとする朱と水色を混ぜたような空に、下弦の月が煌々と輝いていた。

幽霊パッション 第三章 第四十七回

                

「ご謙遜を…。私も滑川(なめかわ)教授と話し合う機会があり、あなた方のことは今じゃ百パーセント信じております」
 佃教授は上山に缶コーヒーを奨めながら、そう云った。
 その頃、霊界の幽霊平林は霊界番人の訪問を受けていた。この、訪問などと表現出来るのは、未(いま)だ幽霊平林が御霊(みたま)の姿に変化出来ない幽体だからで、彼には崇高な霊界の長を迎えるという意識はなく、人間的に訪問される…程度の感覚しかなかったからで、云わば、彼の感性である。
『そなた達の行いは、霊界司様の知るところなれど、なお一層、励めとのお達しがあったゆえ、ここに伝えおく』
 荘厳な霊界番人の声が、眩(まばゆ)い光輪の中より響いて、幽霊平林の耳に入った。
『ははぁ~~!』
 ただただ幽霊平林は平伏するのみである。幽霊の平伏は人間とは異なり、空中で九十度、回転する姿勢である。もちろん、陰の手の幽霊ポーズのままなのだが、今の幽霊平林は、霊界番人に威厳を感じているというより、自分の身の上に不安を抱いている感が強かったから平伏しているのだ。内心は人間的に訪問されている程度の感性だから、これは、ある種の欺瞞(ぎまん)である。
『今日、寄ったは他でもない。その方(ほう)達の人工重力発生装置とやらの発想を霊界司様が、いたく褒めておられたぞ。この調子でいけば、あと幾つかの行いで、いや近々、お許しが出るであろうよ』
『お許しとは、どのようなことに、ございましょう?』
『知れたこと。そなたは御霊(みたま)となり、新たな生を授かるまで、ここを飛んでおる他の御霊と同格になるのよ。そなたの上司とか申す者は元の状態へとたち戻り、そなたの姿が見えなくなる。すなわち、すべてが何も起きておらぬ以前へ、のう…』
『僕…いえ、私の記憶は消滅するのでしょうか?』
『そのことについては、霊界の決めで云えん。まあ、そなた達の行いによっては、上手くすればそなたは、すぐにでも新たな生を授かるかも知れんのう』
『ええっ!!』
 幽霊平林は刹那、驚いた。

幽霊パッション 第三章 第四十六回

                

「上山さん、このスイッチをONにすれば霊磁波ビーム装置のビーム量を、…つまり霊動力の強弱を自由に変えることが出来るんです」
「ほお~、霊磁波ビーム装置って、いつやらマヨネーズへ照射された装置ですよね?」
「ええ、あちらの装置室にある装置です」
「なるほど…。無線LANのようなものですか?」
「はい、まあ…。少しメカニズムは違いますが、そのように考えて下さって結構です」
 佃(つくだ)教授は偉ぶる素振りも見せず、上山へ丁寧に返答した。
「それは素晴しい! 上手くすれば、私は元へ戻れるでしょうね」
「ええ…。首尾よくいけば、の話ですが…」
「といいますと、何か問題でも?」
「いえ、今のところは大丈夫なんですが、副作用が、まったくない、ともいえないものでして…」
「それで今、確認を?」
「はい。最終段階の詰め、というところです」
「そうでしたか。なにぶん、よろしく頼みます」
「ははは…、それが私の仕事ですから」
「いやあ、そうでした」
 二人は顔を見合わせて笑った。
「で、先ほどの正義の味方活動というのは?」
「はあ…、それなんですがね。教授もご存知だとは思うんですが、成果は、それなりに出ておるんですよ。例えば、武器輸出禁止条約の批准とか、世界各地の内戦や紛争が沈静化、消滅したことなどですが…」
「ああ、はい。よく知ってます。それは上山さん達の行動によるものなんですか?」
「いやあ…、行動などと云われりゃ誠に恥かしい限りなんですが…。なにせ、それを実行したのは幽霊の平林君なんですから。私は助言程度のことしか、しておりません」
 上山は少し引いた。

幽霊パッション 第三章 第四十五回

                

「それはそうと、ゴーステン効果はその後、どうですか?」
「いやあ~、お恥かしい。これといって進展はありません」
「そうですか…。せめて霊動力を制御していただければ、私としても希望が持てるんですが…」
「ああ、ゴーステンの霊動力制御ですか? それは、近いうちに、なんとかなりそうなんです。私が申しておりますのは、ゴーステンの実態解明のことでして…」
「なんだ。そりゃ、有難いお話です」
 上山は少し希望が湧いたのか、テンションを上げた。幽霊平林との別れは辛いところだが、元の状態に復帰できれば、それに越したことはない、と上山には思えた。
「その研究は、いつ頃、完成するんです?」
「いや、もう間もなくでして…。今は、最終段階の詰めをしておるところです。君達、上山さんに、お見せして…」
 佃(つくだ)教授が一心不乱に念じ続けている二人の助手に言葉をかけると、助手達は突然、スクッ! と立ち上がって、棚の方へ歩きだした。遠目に見えるのは、棚に置かれた奇妙な物体である。そして、棚から妙な装置らしきものが助手達に持たれて近づいてくるのが上山に見えた。それは、上山と佃教授が座る椅子前の机に、ドッシリと置かれた。
「これが霊動制御装置です」
 佃教授は穏やかな声で、そう発した。
「最新のやつ、ですか?」
「ええ、先ほど上山さんが云われた霊動力制御が出来る装置です」
 その機械の先端には、アンテナと思える金属部分が見えた。
「君達、ちょっと、やってくれたまえ」
 ふたたび佃教授が二人の助手に指示した。助手達はコードを延ばし、先端のプラグをコンセントへ接続した。

幽霊パッション 第三章 第四十四回

                

「お久しぶりです、上山さん。その後、どうですか、あの方(ほう)は…」
「えっ? ああ、まあまあ、ってとこです」
 上山が佃(つくだ)教授の研究所を訪れると、教授は入口で出迎えてくれた。教授の助手も、この日は二人いた。
「お二人は、お休みですか?」
「ああ、助手ですか。一人は休んでますが、もう一人は非常勤講師に昇格しましたので、授業をやっております」
「霊動学ですか?」
「いえ、彼は霊動機械学です」
 ほう、そんなのがあるんだ…と、上山は思った。
「教授、その後、なにかゴーステンの関係で分かったこと、ありましたか?」
「ゴーステンですか? あっ! そういや、中位相処理したマヨネーズ効果の、その後を訊(き)いてませんでしたよね? いや、訊いたかな…どうでした?」
「どうでしたって、そんな、あやふやな。あれは効果があり過ぎて、私には危険なので、もう、やってません。平林君が私の目から消えるどころか、すべての人の姿が見えなくなったんですから…」
「そうでしたかね…で、その後は?」
「はあ、まあ、その幽霊の平林君と正義の味方活動を、やっております」
「はあ? 正義の味方?」
「あっ! いや、なに…。ボランティアですよ、ボランティア!」
「ああ、ボランティアですか。それは、ご奇特なことで…。まあ、どうぞ」
 佃教授は歩きながら世間相場の美辞麗句を並べて椅子を勧めた。上山は勧められるままに、その椅子に座った。
 助手達が霊動探知機を前にして、首から数珠(じゅず)をかけながら瞑想している光景は、以前とちっとも変わりがなかった。いや、冥想というよりも一心不乱に念じている…と表現した方がいいのかも知れない。そして時折り、小ノートに何やらボールペンを走らせている。