2026-01-03から1日間の記事一覧
『いえ、決してそのような…』 触(さわ)らぬ神に祟(たた)りなし・・という言葉が小次郎の頭に瞬間、浮かんだ。このとき、小次郎は、もう駄目だっ! と半(なか)ば諦(あきら)めていた。一度、目につけた獲物は逃(のが)さない海老熊の悪(あく)どい風…
年が改まり、小次郎は、イソイソとみぃ~ちゃんの別邸から帰ろうとしていた。辺りには、どことなく新年を祝う佇(たたず)まいが見られる。誰が揚げているのかは分からないが、最近では見られなくなった凧(たこ)が珍しく木立(こだち)の上に垣間見えた。…
「では、ここで失礼するざぁ~ます、里山さん」「は、はい…」 里山はUターンした後ろ姿の車椅子を見ながら茫然(ぼうぜん)と立ち尽くした。 小鳩(おばと)婦人は次の日、退院して自宅へと戻(もど)った。「誠に申し訳ございません!!」 小鳩邸のエント…
「お抱えの医師団がおりますから、明日からは自宅療養ざぁ~ますのよ」 小鳩(おばと)婦人の説明によれば、急病で仕方なく・・といったことのようだった。小鳩邸が抱える医師団は実に数十人で、この医師団で一つの病院が経営できるのでは? という規模だっ…
里山が小鳩(おばと)婦人の入院を知ったのは、婦人が入院してから十日ほど経(た)ってからだった。小鳩婦人が入院したことを関係者にも漏(も)らさなかったことが遅れた原因だが、小鳩婦人の入院情報は、ひょんなところから齎(もたら)された。テレ京の…
とはいえ、それまででも小鳩婦人が世話をしていた・・ということではなく、小鳩婦人が婆やと呼ぶ高貴な侍女が世話をしていたのだ。では、何が上手(うま)くいかないのかと言えば、細かい行動が制限されるようになった…ということだ。婆やは、みぃ~ちゃんに…
そうこうして、二匹は軽めのデートを終えた。みぃ~ちゃんがその後、小次郎がプレゼントした折り詰めの鰻(うなぎ)の蒲焼を食べたかどうかまでは定かではない。 次の日から、また小次郎はマスコミに弄(もてあそ)ばれるように忙(いそが)しくなった。みぃ…
みぃ~ちゃんは言わずと知れた食通である。いつぞや小鳩(おばと)婦人が映画のロケ弁で苦情を漏(も)らしたように、みぃ~ちゃんには一種独特の食文化があった。彼女は猫ながら、気に入らない食物には見向きもしなかった。だが、小次郎が口に加えて持って…
話が急展開しだしたのは翌朝である。小次郎とみぃ~ちゃんの最大の障害が崩れ始めたのである。ゴロツキ猫の二匹、タコ、海老熊がその障害であることは疑う余地がない事実だったが、海老熊が急な病(やまい)で寝込んだ だ。当然、猫にもかかりつけの医者はい…
『ごち、になります…』 小次郎は知らず知らず舌 舐(な)めずりしていた。「いや、なに…」 稼(かせ)ぎ頭(がしら)の小次郎が蒲焼のみで、自分は鰻(うなぎ)のフルコースを堪能(たんのう)してきたのだから、里山としては軽く流すしかない。本来なら、里…
半日ばかりが過ぎ、午後に入った頃、里山は薬袋を手に病院から自宅への帰途に着いた。車の運転は当然、沙希代だった。「いい保養になったじゃない」「ははは…災い転じて何とやら・・か」「そうよ、今日はあなたの解放日と思えばいいのよ。久しぶりに鰻政(う…
後ろを振り返り、沙希代は軽く頭を下げ、医者を見た。そして、噴き出した。沙希代の前には一匹の蛸のような丸禿(まるは)げ頭の初老の医者が立っていた。それも茹(ゆ)で蛸(だこ)状態の赤ら顔に白衣だ。「いやぁ~、ははは…」 医者も他の患者に笑われる…
『もう海老熊(えびくま)の話は、いいですか?』「ああ、まあ今日はいいさ…。明日の朝、ゆっくり話そう」 欠伸をしながら里山は寝室へ向かった。かなり疲れてるな…と、小次郎は主人の後ろ姿を見て思った。 次の日の早朝である。小次郎はすでに起きていたが…
『僕もそう思うんですが、その謂(いわ)れまでは分かりません…』「物知りの小次郎にしては珍しいわね」『はい! なにぶんにも、僕が生まれる前の大先輩ですから…』「なるほど、かなりの古株なんだな」 里山は両腕を組んだ。「お腹(なか)が空(す)いたで…
『ただいまぁ~~』 小次郎はホットライン[小次郎専用の家の内外を行き来する通路]からキッチンへ入ると、いつもより大きめの人間語でひと声、ニャゴった。「なんだ…帰って来たじゃないか」 里山は安心して溜め息混じりに言った。『なんだとは、随分な言わ…
『あの…どちらさまでしょうか?』 小次郎は万一を考え、敬語で話しかけた。『俺か…俺は俺よ。それにしても、俺を知らないやつがいるとは、俺もまだまだだな、フフフ…』 海老熊(えびくま)はニヒルに笑い、嘯(うそぶ)いた。『いえ、そんなことは…。お姿が…
小次郎の第六感がいつもと違う何かを感知した。小次郎は公園の前の歩道を歩きながら、おやっ? と、公園をチラ見した。運が悪いことに、海老熊は本腰を入れて眠ろうと大 欠伸(あくび)を一つ打ったあと、一度、鈍(にぶ)く瞼(まぶた)を開けた。その視線…
『蛸(たこ)を獲るには壺(つぼ)を仕掛けて、蛸入りを待つじゃないか。アレだよ』 ぺチ巡査は自信あり気に口髭(くちひげ)を動かした。人間で言う、口髭を撫(な)でる仕草だ。『それにしても、タコを追っ払ったのは拙(まず)かったです』『いや、それは…
『いや、なに。ははは…』 口から零(こぼ)れた自分の失言に、ぺチ巡査は苦笑して誤魔化した。ツボ巡査にしてみれば、なんか知りたい気分になってくる。『えっ? なんなんです? 気になるなぁ~』 笑いながらツボ巡査はぺチ巡査に食い下がった。『そうかい?…
タコが駆け去ったことで、事は終息したかのように見えた。が、しかし、みぃ~ちゃんの一件はややこしくなる序章に過ぎなかった。 新(あら)たな事の勃発(ぼっぱつ)は、その二日後である。気まま一人旅の風来坊猫、海老(えび)熊の出現だ。海老熊は数年か…
上手(うま)い具合に隙(すき)を得たタコは、今だ! と思った。『そいじゃ、おいらは、これで…』 小声でそう言うと、タコはゆっくりとその場から去り始めた。ツボ巡査の心はタコから離れていたから、一瞬、不意を突かれた格好になった。柔道でいう完全な小…
『黙秘権か…。まあ、それも、よかろう。どちらにしろ、交番へ来てもらうことになるんだからなっ!』『ち、ちょっと待って下さいよ、旦那…』 タコにしては珍しく、猫なで声を出した。『聞いたとこによれば、お前、ここのお嬢さんに、ちょっかいを出しているそ…
その頃、久しぶりにブラつくか…と、タコは雨がやんだ灰色の空を眺(なが)めながら塒(ねぐら)を出た。塒はドラに譲(ゆず)ってもらった野原になっている空き地の土管だ。過去は米、麦、菜種、レンゲが植えられていた土地も、いまや耕作放棄され、荒れ放題…
こうして、その日から小鳩(おばと)婦人邸へ日参する若いツボ巡査の巡回が始まった。若いから疲れることもなく、ツボ巡査は交番との間を二往復はした。午前と午後の二回で、付近での見張り時間がほぼ3時間というのだから、根気がいる。だが、そこはそれ、…
『巡回しなくてもいいんですか?』 リンゴ箱の中から動きそうにない怠惰(たいだ)な二匹を見て、小次郎は催促した。これじゃ、僕の方が、おまわりじゃないか…と小次郎には思えた。『気持は動いとるんですがね、ははは…身体が』 ぺチ巡査は気楽そうに笑った…
その日、古いリンゴの木箱の中で、二匹が寝転んでいるところへ小次郎が通りかかった。『へへへ…、今度、着任しましたツボです。以後、ご昵懇(じっこん)に…』 小次郎は瞬間、タコツボのツボだな…と顔を見た。それなりに猫前のいい若雄猫である。ツボ巡査は…
『出来るだけ早くお願いします。なんと言っても、みぃ~ちゃんは、いいとこのお嬢さんですから…』『その手の荒事は苦手(にがて)だと?』『おっ! 今度は歌舞伎ですか?』『ああ、まあ…』 ぺチ巡査が頷(うなず)いのを見て、小次郎はやはり古いな…と思った…
小次郎にはぺチ巡査が笑った意味がすぐ理解出来た。蛸(たこ)釣り漁に壺(つぼ)は欠かせない。壺にローブを巻いて海中へ沈めるのだ。すると、どういう訳か、蛸はいい塒(ねぐら)だ! とばかりに中へ入る。あとは、ロープを引き揚げるだけ・・という寸法で…
『そうなの。先生、お願いね』『任せなさい…』 先生と呼ばれ懇願(こんがん)されれば、小次郎も、そう悪い気はしない。そこへ互いに[ホ]の字となれば、これはもう小次郎としては、なんとかせねばならなかった。小次郎は、腰を上げるとその足で交番へスタ…
みぃ~ちゃんにすれば、勿怪(もっけ)の幸(さいわ)いというところである。渡りに舟と救いを求めた。『おまわりさん! 助けてっ!』『んっ? お嬢さん、いかがされました?』 ぺチ巡査は老いぼれて弱った脚を伸ばしながら、欠伸(あくび)をした。『チェッ…