このとき沙耶を製作したきっかけとなったある場所へ行こうと、保は朧(おぼろ)げに思っていた。
朝食が済み、保はいつもと同じように出勤の準備をして玄関へ出た。
「じゃあ、行ってくるよ」
沙耶には行き先を伏せて出かけることにした。隠し事はしたくなかったが、別に悪いことをしてる訳ではないから、まっ、いいか! と思えたのだ。だから沙耶は、保が研究室へ出勤したと思っていた。いつものキスをした。保は、これが堪らなかった。すべては人工皮膚のヒントをくれた東都大学生物工学研究科助手、山郷久司(やまごうひさし)のお蔭なのだが、馬飼商店の中林とは違い、出会う機会はほとんどなかった。別大学だったこともある。それはともかく、人工皮膚の感触は自然皮膚と遜色なく、普通に触れたぐらいでは、自然物か人工物かを識別できないほどの精巧さがった。山郷のサンプルと教えを得て完成したのだが、当の山郷は、「お前な、そんなの訊(き)いて、どうすんだ?」と、訝(いぶか)しがっていた。そこが、アンドロイド沙耶の存在を知っている中林とは違った。
保が、とある公園に来ると、まだあのときの噴水は勢いよく水しぶきを上げていた。噴水の前には朽ちかけた木製のベンチがあった。保がアンドロイド製作の発想を浮かべたときは、このベンチも真新しかった・・と、当時が思い返された。今にも壊れそうで危うげなそのベンチが、保にはなぜか感慨深かった。