
「なんだ、そうか…。いや、そりゃ奇遇だな。っていうか、いささか気味が悪いな」
「そう云われりゃ、そうですね」
幽霊平林も上山の前で、それもそうだ…と納得して頷(うなず)いた。生きていれば
腕組みしをして頷(うなず)くところだが、彼の場合は、いつもと変わらない幽霊姿勢である。幽霊姿勢とは、両手を前へ構え陰気に下げる、誰もがよく知っている定石のスタイルだ。もちろん幽霊平林が腕組みをしない、ということではない。
「まあ、とにかく、そんなことで立ち読んだあと、返って気になってきたって訳だ」
「私もあの本は読みかけ、なんですが…。それより社長、我が社で安眠枕を発売しようとしたのを憶えておられますか?」
「ああ…確か滑川(なめかわ)教授に案を出してもらったやつだろ?」
「ええ、そうです。枕のメカは佃(つくだ)教授にお願いしたんですが、アレは結局、お蔵入りになってしまいましたね」
「ああ、そうだった。専務や常務など、主だった役員連中が売れん! と、ゴネおったな」
「いえ、私は役員会の経緯(いきさつ)は知らないんですが、結局、発売にはなりませんでした」
「そうだった…」
当時、生きていてこの世のモノだった幽霊平林は、自分も一枚、噛んでいた話だけに、ふたたび首を二度、三度と縦に振って頷いた。ただ、不安定に上や下へと空中で浮き沈みして漂っていることには変わりがなかった。
「私が滑川教授の研究所を訪ねたのは、社長が気にされる私と平林君のことを訊(たず)ねようとしたからなんですよ」
「佃教授は知らんが、滑川さんは何度かお会いしたことがあるな」
「そうでしたか…」
「で、それがどうかしたのかな?」
「ええ、社長が気にしておられることに関係があるんですよ」