
『あっ! はい…。じゃあ、会社で…』
悟ったのか、幽霊平林はスゥ~っと格好よく消え失せた。何事もなかったように上山は田丸工業に出社し、いつもの課長席へ、どっかと座った。そこへ珍しく岬が出社してきた。
「あっ! おはようございます、課長。今日は十時からじゃなかったんですか、プレゼンテーション?」
「んっ? ああ、そうだったそうだった。うっかり忘れるところだったよ、ははは…」
朝方、幽霊平林は、このことを云っていたのだが、つい、うっかり忘れてしまっている。上山は、もう年かな…と、いささか意気消沈した。むろん、考え込むほどではない。仕事は普段と変わりなく進んでいく。しかし、上山が幽霊平林との話を忘れていたのかというと、そうではない。手先はスムースに仕事を進めてはいるが、頭の中は如意の筆の効果により世界首脳の武器売却を…という発想に及んでいた。よ~く考えれば、もの凄く稀有(けう)で壮大な発想なのである。もちろん、幽霊平林を呼び出すタイミングは、やはり昼休みが適当…いや、その時をおいてないな…と、上山は判断した。
「あらっ! 珍しいわね、上山ちゃん。今日はB定じゃないの?」
食堂賄いの江藤吹恵が怪訝(けげん)な表情で上山の顔を窺(うかが)った。上山が注文した食券は、きつねうどんだった。
「ちょっと、急ぎの仕事があってさ~」
上司や部下と違い、気遣(づか)いのない話が出来るのは、上山にとって社内でこの吹恵だけだった。
「そぉ~。部長、狙ってんじゃないの」
「ははは…。吹恵ちゃんには、かなわんな~。そんなんじゃないさ」
上山は笑って暈(ぼか)した。
「まあ、いいけどさ…」
吹恵はそれ以上、訊(き)かず、上山は弁解せずに済んだのでホッとしながら出来たうどんをトレーに乗せ、いつも座るテーブルへと急いだ。