岩口は拝殿に向かう途中、アレコレ考えなくてもいいのに考えた。いつもよく考えるお方です。^^
『後宴祭のあとの慰労会は、三竦(さんすく)みの構図で考えれば、どうなるんだろう…?』
祝詞(のりと)を上げる場所は拝殿と幣殿を繋ぐ場所にある。幣殿のさらに奥には神がおられる本殿がある訳だが、神も忙しいときはおられないことがあるらしい。神無月(かんなづき)と呼ばれるひと月の間は、神は出雲へ御参集されるらしいのである。出雲大社には天常立(あめのとこたちの)神が勧請されているが、骨太(ほねぶと)神社はその天常立神を分祀して勧請している訳だ。いわゆる、国会でよく使われる言葉の[骨太の方針]である。^^
岩口は慰労会は神が祭礼に参加した氏子達に対して慰労会をされる場なのではないか? と考えた。早い話、会社や店舗でいえば社員や従業員に対する労務管理の一環に当たる訳だ。神様も人と同じで、大変なんですねぇ~。^^
『三竦みで考えれば、神様[紙]は医学[鋏]にシャキシャキと切られないよう自らの陣営を守らねばならない…』
岩口が考えなくてもいいのに考えたのは、氏子の存在は神様が岩口[石]をその責任者に祭り上げて自らを守備する体制だった。
『やはり私は神様[紙]にスッポリと包まれ続けるんだな…』
訳の分からないことをゴチャゴチャと考えながら、岩口は拝殿から幣殿へと入った。そして、後宴祭用にプログラムされた祝詞(のりと)を毎年のように奏上した。ところが、神々はそのとき、生憎(あいにく)とお出かけになって不在だった。そんなことだとは、宮司の岩口が知る由(よし)もない。神様は見えないからです。^^
「ドウノォ(ドウタラァ)~~コウノォ(コウタラァ)~~」
岩口はプロの神職の声でスラスラと祝詞を奏上した。こうして、骨太(ほねぶと)神社の三日間に及ぶ春季祭礼は滞りなく幕を閉じたのだった。
春季祭礼が済むと、岩口にはいつものように通う町役場勤務が待っていた。祭礼気分は払拭せねば…という思いで、岩口は改装された上戸町役場の真新しいエントランスを通過した。
続