営林開発(株)は新規産業で370名ばかりの本社社員を擁(よう)し、新種のキノコ販売を中心とした会社である。坪倉は130名の研究開発課長で、その部下の底村は開発係長である。会社の始業時間は8:30からだった。
幾つかの駅を経(へ)て、列車は定刻の8:20に尾振(おぶり)の駅ホームへ滑(すべ)り込んだ。坪倉、底村がいつも降りる駅である。しかし、坪倉は列車がスゥーっとホームに停止したとき、また一つの異変に気づかされた。ホームの向こうに見えた景観は営林開発本社ビルのすぐ前だった。今度こそ俺は夢を見ているか、怪(おか)しいのだろう…と、坪倉は思わざるを得なかった。
「今日は、どうもおかしい…。私は会議が済んだら早退させてもらうよ、底村君」
「はあ…それはいいんですが。早く診てもらわれる方がいいですよ。風邪(かぜ)ですか?」
「いや、そうじゃないんだが、どうも目がおかしい」
「眼科ですか? お大事に」
「ああ、あとはよろしく頼む」
坪倉は、敢(あ)えて駅前に会社があったか? とは訊(き)かなかった。底村に否定されるだろうと予想できたし、これ以上、妙な人だと思われるのは避けたかった。課長のプライドが許さなかったのである。
営林開発(株)は新規産業としては割合、大きな企業だ。本社の他にも支店、営業所が全国規模で数十ヶ所、展開されていた。これも偏(ひとえ)に、栄光グループ傘下(さんか)の子会社だというバックの支えがあったからだが、坪倉や底村達の研究部門には余り関係がなかった。
続