水本爽涼 歳時記

日本の四季をベースにした小説、脚本、エッセイetc.の小部屋です 

時間研究所 第14回

                    水本爽涼 歳時記-時研 挿絵14

「判断っていうのも、人と対するとき、物事に対するときでは異なると…。まあ、今までの俺の観察で得た成果なんだよ」
 私は悟君の方を向きそう言った。だが、その研究成果は枝葉末節になっていて、本来、私の意図していたゴフンという時間の研究とは大きく逸脱してしまっている。だから、私としては素直に喜べないのだ。本来の研究意図からすれば、やはり人に対しての観察は、少なからず無理なように思える。それも、精吉っあんの一件で偶然、気づいたことなのだ。今後は、物事に対して観察しようと思った。それはともあれ、「じゃあ、次は悟君の番だ」と矛先を彼に向けた。
「えっ! 僕でっか? 大した観察はしてまへんにゃけどなぁ…、まあ一応、お話ししまっさ。観察は“餅講”についてでんにゃ、ちょいと聞いてくれまっか」
 “餅講? 俺が次のテーマに延期した奴じゃないか”と、私は驚いた。
 悟君はこの研究所を立ち上げて以来、我が家の一部屋をブースとして根城(ねじろ)にしつつある。最初は”借り物の猫”的態度であったものが、今やドッシリと鎮座まします神様のごとく、自分の部屋とでも勘違いしているような態度なのだ。そう変貌させた私も悪いのだが、…というのも、会合の場所を回り持ちにすべきだったのを、所長に崇め奉られた手前そうもいかず、ダラダラとここに定着させた、という訳だった。だから、研究の会合は私の部屋がブースという暗黙の了解がすでに定着しているのである。それに彼のトレードマークになっている毬栗(いがぐり)頭が、実にピッタリとこの部屋に馴染んでしまっていた。まあ、どうでもいいことに違いはないのだが…。
「僕の家の回り番とゆうので、実は困っとったんですわ。とゆうのは、僕んち一人でっしゃろ? 餅こさえる者(もん)がおらへんのですわ。そうか、っちゅうて、断るのも付き合いが悪う思われまっしゃろ? 弱っとったんですわ」
 悟君の観察テーマは、私が考えていた以前の内容と全く同じなのだ。
「それで、どう断ろうかと思っとったんですが、待てよ、こりゃええ題材が見つかったな、と閃(ひらめ)いた訳でんにゃ」
 思わず私と塩山は、「なるほどね…」と異口同音に発していた。
「そいで、その断り方を変えてみて、観察記録にしたらどないやろと…、つまり、最初は搦(から)め手からヤンワリと、それから暫(しばら)く様子などを窺(うかが)ってから強めにと、まあ手筈は僕なりにアレコレ考えた訳ですわ。ほやけど、結果がさっぱりで、上手い具合に相手は乗ってきよりまへん。わや、でした…。これ読んで貰たら分かりまんにゃけどな」
 悟君は自分の観察帳を塩山と私に示すが、どう贔屓目(ひいきめ)に見ても読めるような代物(しろもの)ではなかった。だから私も塩山も、「フーン」などと鼻声で頷(うなず)いて、それ以上は追究しなかった。それでも無返答に捨て置く訳にもいかず、「それで、対象は観察しやすかったの?」と、問うてはみたが、「ハハハ…、難しいでんなぁ」と軽く往(い)なされて万事、休した。
 これまでの研究で一つ確信がもてたのは、、やはり対象が人でなく物や事でないと、観察は思うに任せないという事実であった。これを踏まえて、次の例会では物や事を対象として観察記録をし、それを報告するということになった。ここで研究会を暫(しば)し中断し、会食の楽しいひと時へと進んでいく。悟君のお目当ての至福の時間が到来したのである。開催前の石狩鍋と美味い吟醸酒、それにワインを胃の腑へ納めたことなど、もうすっかり彼は忘れているようだ。こういう無遠慮なところが悟君のいい所でもあり、また悪い所でもある。彼は食することに躊躇(ちゅうちょ)を見せない。私が出したブルマンとショートケーキを早くも半ばほど片づけている。塩山などは遠慮してコーヒーを啜る程度で、ケーキには一切、手をつけない。私はこういう物怖(ものお)じしない悟君のキャラが好きだ。といって、塩山にも落ち着いて話せるソフトなキャラがあるから、これも捨てがたい。

                       続