水本爽涼 歳時記

日本の四季をベースにした小説、脚本、エッセイetc.の小部屋です 

幽霊パッション 第一章 第百三回

                

 霊界の決め、というのではないが、よほどの大事でないと呼び出さないというのが幽霊達に暗黙の了解とされていたのだった。そんなことで相談相手は上山以外にはないという結論に至ったのだが、上山が首を回して呼ばない限りは現れない約束になっている。ついこの前も、上山の家へうっかり現れたことがあった。だから、幽霊平林は迷惑なんじゃないか…と、小さなことで迷っていた。彼が意を決して上山のいる人間界へ現れたのは、そんなことを巡って考えた後である。些細なことで決断が鈍っている自分のアグレッシブさの欠如を自己反省しとのことで、上山がいる現在地や都合などは、まったく考えていなかった。たぶん会社だろう…と目星をつけた行動だった。
 ただ一つ、幽霊平林にしては手抜かりがあった。それは霊界と人間界の時間感覚の違いである。人間界には当然ながら時間が流れていて、人々はその時の流れに沿って生活をしている。もちろん、上山にしたってそうだ。ところが、幽霊平林が住処(すみか)とする霊界には、その流れがなかった。はっきり云えば、霊界には時の流れが存在しない。すなわち、時間そのものが、ないのである。むろん、幽霊平林も、それは感じていた。感じてはいたが、身体が止まらず、住処でじっとしていられない事態に直面し、すっかり心が苛(さいな)まれていたから、ついうっかり、そのことを忘れてテ手抜かったのである。そのことに幽霊平林が気づいたのは人間界へ現れてからである。上山の会社へ現れてみれば、辺りは漆黒の闇で真夜中だった。これにはどうしようもなく、幽霊平林もお手上げで、自分の不用意さが悔まれた。しかし、訳は分からないものの、アグレッシブさが高まった今の幽霊平林である。これくらいのことでテンションは下がらず、諦(あきら)め気分にはならなかった。スゥ~っと障害物を透過しながら移動し、大時計が掛かった窓際の壁へと近づいて何時かを見た。すると、夜の八時を少し回った頃である。まだ課長は起きているだろう…と読んだ幽霊平林は上山の家へ瞬間移動した。