
亜沙美は、やはり怪訝(けげん)な表情で、納得出来ないまま書類を上山に手渡した。一応は…と、上山はひと通り目を通し、「海堂君、これでいい。ご苦労さん…」と、その場を取り繕(つくろ)った。━ 変なことを云う課長ね… ━ とは思えた亜沙美だったが、それ以上は押せず、そのまま自席へとUターンした。また幽霊平林は上山の席へ現われて、机上で胡坐(あぐら)をかいている。上山の真正面は、さすがに憚(はばか)られるのか少し遠慮して、向かって左、上山から見れば右側に、上山とは九十度の角度で左側を向いて座っていた。だから、上山にすれば一応は真正面の他の課員達の席は見渡せた。もう少し平たく云えば、上山が裁判官席に座っていたとすれば、原告席に幽霊平林が座っている…という構図になる。他の課員からすれば、至極ありふれた普通の会社の光景が展開しているというのに、上山だけは苦悶の日々を強(し)いられているのだった。この今もそうなのだが、どう考えても自分だけに死んだ平林の姿が見えるという現実が理不尽で、理解出来ない上山であった。何故なのか? と様々な要因を探るのだが、平林と自分に特別な接点があったとはどうしても思えない上山だった。それに自分だけが白く見えるなどと幽霊平林から云われれば相当、気になる。加えて、自分だけに幽霊平林の声が聞こえるというのも不気味だ。自分が死に近づいているようにも思えるからだった。
もう昼近くになっている…と、上山は不意に腕時計を見て思った。そういえば、朝から社長室へ呼び出され、田丸に小言を食らい、それでようやく課に戻れば、相も変わらず幽霊平林が舞い降りて気持を動揺させたのだ。悪さをするというほどのことではないが、死んだ平林が見えるということ自体が、科学では到底、説明のつかない不気味な超常現象だから、気持の動揺は並大抵のものではなかった。上山としては、幽霊平林が悪さをしてくれた方が、むしろやり易いのだ。ただ孰(いず)れにしろ、平林が何故、死んで現われ、しかもその姿が自分にだけ見えるのか…という超常現象の原因を探り、究明することが急務と思われた。