
そのとき、上山が思っていたことが現実のものとなった。幽霊平林の方から語りかけてきたのである。
『上山さん! いや、課長。僕が見えますよね?』
上山は唐突に訊(き)かれたものだからどう答えていいか分からず、「うん…」とだけ小さく呟(つぶや)いた。声を小さくしたのには、他の課員に不審に思われてはいけない…という咄嗟(とっさ)の判断が働いた、ということがある。先ほどの自制心も、その中に含まれているようであった。
『よかった…。やはり見えておられましたか。こんなことを云っちゃなんですが、僕から見れば課長だけが白っぽいのです』
「白っぽい? どういうことだ?」と、また顔を伏せて誰からも気づかれないように小さく上山が呟くと、『どういうことって…白く見えるんですよぉ~』と、冷えた手先を上山の頬にスゥ~っと触れて、幽霊平林が云った。上山には、その手の感触はなかったが、冷たい風が顔に吹きつけたようなゾクッ! っとする空気の流れを頬に感じた。その時、コピーの確認が終った亜沙美が俄(にわ)かに席を立つと、ツカツカと課長席の上山の所へ近づいてきた。もちろん、顔を伏せている上山は、その姿に気づいてはいない。
「後(あと)にしてくれ。皆がいるんだから…」
そう云って上山が伏せた顔を上げると、眼の前には亜沙美が書類を手に怪訝(けげん)な表情で立っていた。
「後にって? 急がれてるんじゃないんですか? 課長」
その書類は、午後に予定されたプレゼンテーションで配布する重要な書類だった。上山は、云ったことを亜沙美が聞いていたとは思わなかったから、驚きの色を隠せない。
「き、君…。いたのか…。ああ、それね、それ。急いでるよ。…もらおうか」