水本爽涼 歳時記

日本の四季をベースにした小説、脚本、エッセイetc.の小部屋です 

幽霊パッション 第一章  第十二回

                

 その時、先ほどの係の女性が、ツカツカと近づいてきた。
「どうされました!」
 図書館はほとんど無声である。受付で交(かわ)される会話以外、一切と云っていいほど音とは無縁の世界なのである。上山はそれを、ついうっかり忘れていたのだ。
「あっ! いや、なんでもないです。すみません」
「そうですか? なら、いいんですが…。お静かにお願いします」
 そういうと、係の女性はまたツカツカと元の場へ歩いて去った。
「ふぅ~、危ないとこだった…」
 上山は溜息(ためいき)をひとつ吐いた。
『彼女には僕が見えないんですから、危なくはないですよ』
「ああ、それはまあ、そうだが…。それにしても社外で君を見たのは初めてだぞ」
『そりゃそうでしょうよ。僕も今まで遠慮していたんです。でようと思えば、いつだってでられたんですが…』
「そんなことより、私にだけ君が見える、っていうのが、どうも解(げ)せん。なんか怖いんだよ…」
『はあ…、僕にもその訳は分かりません。それに、僕の目には前にも云ったと思いますが、課長の姿だけが、なぜか白っぽいんです。他の人は普通なんですが…』
「そうか…。それも怖いな。近々、私もそちらへ行くってことか…」
『そんなことはないでしょうけど…。まあ、幽霊の僕が云うのもなんですが…』
 二人は声を潜(ひそ)めてヒソヒソと話し合った。
「ここではなんだ、一時間ほど潰(つぶ)して家へ帰るから、現れてくれ。フフフ…、現れてくれ、というのも変だな」
『そうですね、フフフ…。それじゃ、そうします』
 幽霊平林は、そう云い終えると、スゥ~っと、跡形(あとかた)もなく消えた。